海と島と人間と・・・・旅が好き!


by Satoe-Umeda
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

ふと思い立ってupしてみた。上から下へと読んでください。



講演「金子光晴の思い出」    図書館フェスティバル95「生誕百年記念●金子光晴の世界」
                     平成7年9月17日・武蔵野市立中央図書館
                        梅田智江


梅田です。始めに白状してしまいますが、私は「講演」なんてしたことがないのです。
人前で話しをするのが大の苦手で、まさかこんな日が来るとは夢にも思わなかった。
ミスキャストではないかと心苦しいのですが、そおいう人間がこの仕事を引き受けたのは晩年の金子さんとのお付き合いに、ぎりぎり間に合った世代だからです。金子さんとおつきあいしていた頃は私が24から30の6年間でした。つまり生前の金子さんの思い出を話せる世代としては、多分、最も若い世代に属していて、そして女でもあるということで、当時の若い女の見た「金子光晴の思い出」を聞いていただくのもいいかなと思ったからです。



ところで、講演といえば、金子さんには、壇上に立つことは立ったが、一言も喋れず、、頭をひとつ丁寧にさげて、静かに楽屋に引き上げたということがありました。
おおよそ5年に渡る東南アジア、ヨーロッパでの無銭旅行というか、放浪の旅から帰って、1年後に新聞社の講堂であった「金子光晴帰朝講演会」のことで、金子さんが39歳のときでした。また、これも聞くところによると、昭和25、6年のころか「現代詩人会」の主催で、読売ホールで、三好達治などが喋り、そこに金子さんも出てきて、演壇の前で、しばらくモジモジしていたけれど、「今日はなにも喋ることがないからやめるわ」
とかいって、やはり静かに楽屋に引き上げられたということです。
金子さんが56、7歳の頃です。
晩年の金子さんはたとえば聴衆が一人でもいれば、熱演サービスをされましたが、
その頃はサービス精神がなかったのかもしれません。
もちろん、私の知る金子さんは対談の名手であり、お話の名手でした。落語家の志ん生に、声も話ぶりもとても、似ていらっしゃいました。
後からテープを流しますので、聴いてみてください。

人の出会いというものは本当に不思議な気がします。
[PR]
by satoe-umeda | 2008-01-12 15:50