海と島と人間と・・・・旅が好き!


by Satoe-Umeda
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4回目

という感じでした。
私はその時、くるくると後ろを向いたりして、モデルみたいにして、そのパンタロンというものを見せた記憶があります。
で、金子さんはそのベットの傍に布団をひいて寝られるのか、枕元とおぼしきところには、本やらなにやらごちゃごちゃとなにやらおかれ、特大のカラーテレビなどがあって、お孫さんの若葉ちゃんやら、夏芽ちゃんが、ひっきりなしにいったりきたりしている。
ついでながらいいますと、金子さんは亡くなられる原因となった喘息発作の前も、テレビの最終ニュースが終わると、明け方まで、寝床で腹ばいになって原稿用紙に向かっていらしたそうです。

それで、先ほどの金子さんの三畳間の書斎の話になるのですが、失礼ながら、あれは昔の「女中部屋」というものではなかったかと思うのです。
というのも、障子だったか、それ一枚で隔てられた隣の部屋は、板敷きの食堂で、腰掛、テーブルがあり、、率直にいって大変うるさそうなところなのです。ここで、金子さんとの雑談をテープにとったことがあるのですが、後で戻してみると、食堂での息子さんやらお孫さんの若葉ちゃんの声が入っていて笑ってしまいました。
壁には古い漢書の類が今にも崩れそうに積んであり、その前にちいさな座り机があって、3人以上座るのはかなり困難という感じでした。
これが金子さんの書斎でした。
クーラーなんかもちろんなく、夏は暑く、冬は寒い。
冬はちいさな火鉢があったような記憶があります。



「あいなめ」が休刊と決まった70年にあいなめで一緒に同人だったワシオトシヒコと、のしいかみたいなぺらんぺらんの詩誌「うむまあ」を、わたしが編集人となって、創刊した。
その題字は金子さんに書いて貰いました。
「うむまあ」というのは、沖縄の詩人で金子さんの親友でも会った山之口獏さんの詩で「世はさまざま」と言う詩があって、「琉球にはいつも墓場の傍に立っていて、そこにきては泣き崩れる悲しい声や涙で育つという、うむまあ木という風変わりな木がある」と、唄われていて、そこから採った名前です。
ワシオさんは1号で辞めてしまい、そのかわり、私の中学時代の家庭教師であった梅田卓夫が同人となり、それでほぼ、1年後にだした第2号を持って、金子さんちに遊びに行くと、3日後に突然、金子さんから葉書が届きました。
「先日は失礼。うむまあ読みました。ワシオ君のかわりに僕を同人にしてください。懲りないでまた、遊びに来てください。この頃のうっとおしい天気。ご自愛を。毎金曜日は不在ですが木曜日は確実にいま
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by satoe-umeda | 2008-01-12 15:40