海と島と人間と・・・・旅が好き!


by Satoe-Umeda
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10回目

理想の一番はっきりしたものは政治運動で、私がこの「理想は悲劇だ」という言葉に出会ったのは、丁度、連合赤軍の事件の真っ只中でした。中国の文化大革命も、カンボジャのポルポトも「理想」や「正義」の名のもとにどんなひどいことをしたか、数え上げたらキリがありません。
そういうことでいえば、今度の「オウム事件」もまったく彼らの「理想と正義」のために起こった悲劇で、なぜ、彼らがオウムに入ったかということでいえば、私は長編詩「寂しさの歌」の一節を思い出します。

「寂しさの釣りだしにあわないこと」
これは長い詩のなかにほんの1行差し込まれたフレーズですが、私の心にガッキと食い込んで、離れない言葉です。
その前後も含めて数行、読んでみます。
(遂にこの寂しい精神のうぶすなたちが、戦争を持ってきたんだ。
 君達のせいじゃない。僕のせいでは勿論ない。みんな寂しさがなせるわざなんだ。
寂しさが銃をかつがせ、寂しさの釣り出しにあって、旗のなびく方へ、母や妻をふりすててまで出発したのだ)
金子さんは、この詩の中で、大きな不安のある時代には人はひとりでものを考え、ひとりで立つことに耐えられない。なにか大きなものにすがりつきたくなる。そういうことの危険性を訴えています。
いつの時代にもそういう事はあるのですが、とりわけ今回のオウム事件に則して言えば、麻原彰光という人物を絶対的な存在として、その命令に従おうとする若者たちを見ていると、まさに彼らは「寂しさの釣りだし」にあっているんだと思ってしまいます。

どんなことがあっても自分を失わないこと、そのことの辛さに耐え切れなくなって、つまり「寂しさの釣りだし」にあって他の大きなものに自分を売り渡さないこと、それは私の生き方の根本で、金子さんから学んだ大きなことの一つです。

「人の期待に応えようとしてはならない」
これもどこかに書いておられたのですが、「人の期待に応えようとしてはならない。応えようとして、駄目になっていく人を何人も見た」
これもずっしりときました。
金子さんは小さい頃から画を描くことだけはうまかった。学校でもトップで、誰からも将来「絵描き」になることを期待されていた。でも見事にその期待に応えなかった。人から期待されれば、だれでも嬉しいことですから自分に無理をする。自分を失うことがある。そのことを警戒しなさいということだと思います。

「自分が堕落だと思わなければ、何人男を変えてもいい」
これもどこかで読みました。
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by satoe-umeda | 2008-01-12 15:26