海と島と人間と・・・・旅が好き!


by Satoe-Umeda
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天野忠のこと

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山田稔著「北園町九十三番地 天野忠さんのこと」(編集工房ノア・2000年刊)を読んだ。
天野忠が1993年、84歳で亡くなっていることを、私はこの本で始めて知った。

この本は山田が1982年に始めて北園町にある天野宅に遊びに行き、以後1993年、天野の「死」までの10年間の思い出を書いたもの。
いわば、詩人のナマの素顔に触れたものである

30代の終わり頃、私は永井出版企画から出ている「天野忠詩集」(1982年刊)を買って読んでいる。548ページもある厚さ10センチはあろうかと思われる詩集である。
その後の、天野72歳の歳に出し、読売文学賞を受賞した「私有地」も買って読んだ。
しかしその後の詩集は全く読んでいない。
必要としていなかったのかもしれない。

天野忠は若い時から「若年寄り」で、50代の頃より、自分の「老い」や「死」をテーマに書き
続けてきた詩人である。
「老い」を練習し尽くし「死」を練習し尽した詩人。

最近、私もそんなことを感じる歳になって、再読し始めた矢先、先の「北園町・・・」を図書館で見つけたのだ。

あれだけ練習し尽したひとが、実生活ではどんな風であったか。

私はミステリーを読むような感じで昨夜、一晩で読んだ。

1988年 天野79歳の時に足の手術をうけ以後、車椅子の人になった。
それから5年後に亡くなっている。

結論から言えば、どんなに練習し尽しても、たとえ天野忠といえども、
「老い」も「死」も「大変だなあ!」ということ。
それでも、やっぱり、見事なものである。

その見事をどんな風に表したらいいのか判らない。
膨大な彼の詩集やエッセイ集が私を待っている。
それを「読め!」と促しているのだ。
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by Satoe-Umeda | 2005-10-14 13:42